はじめに
「若いのに苦労して」「大変だったね」
そう言われるたびに、少し返答に困ってしまう。
もちろん、大変なことがなかったわけではない。
共感してもらえるのはありがたいけれど、少しモヤモヤしてしまう。
ヤングケアラー自身はどう思っているのか?
私は、自分のことを「苦労してきた人」「かわいそうな人」だと思ったことはないです。
学生時代は周りに知られたくなかったので、誰にも話さなかったけれど、
もし打ち明けたとして「かわいそう」「大変だね」と言われたとしたら、
「え、かわいそうなの?」
「心配してほしいわけじゃないのに…」
「特別扱いされたくない…」
と思って逆に相談しにくくなってしまうと思います。
ヤングケアラーは自覚しにくい
多くのヤングケアラーは、自分のしていることはケアと呼ばれるような”特別なこと”ではないと思っていると思います。
私も当時はそんな感覚は全くなく、強いて言うなら、”見守り”に近い感覚。
あまりにも日常に溶け込みすぎていて、それはもはや生活の一部でした。
相談するようなことでもないと思っていたし、支援を受けてもいい状況なんだということも分からなかった。
ヤングケアラーは特別な家庭の話ではない
病気や障害、介護やケアは、誰にでも起こりうることだと思います。
親かもしれない。
きょうだいかもしれない。
もっと先で出会うパートナーかもしれない。(この場合はヤングケアラーではないですが)
人生のどのタイミングで経験するかは人それぞれで、一生経験しない人もいれば、何度も経験する人もいます。
私はたまたま、それが子どもの頃でした。
だからこそ、「若いのに苦労したね」という言葉には少し違和感があります。
私が悲しくなるのは、その経験そのものではなくて。
その経験だけで、「苦労人」や「かわいそうな人」と決めつけられてしまうことです。
もし身近な人から打ち明けられたらどうしたらいい?
もし私なら、勇気を出して誰かに話したとき。
「かわいそうだったね」「大変だったね」
ではなく、まずは
「話してくれてありがとう」
と言ってもらえたら嬉しいです。
そしてもし可能なら、
「何かできることはある?」
と続けてもらえたら、もっと嬉しいです。
なぜなら、誰かに話すということは、それだけで大きな勇気がいることだからです。
そもそも話したくない人もいます。
だからこそ、決めつけるのではなく、その人の気持ちを尊重すること。
私はそれが、ヤングケアラーを理解する第一歩なのではないかと思います。
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